走る男

スイミングで一泳ぎして、高田馬場から自転車で帰路についた。新目白通りを漕ぐ。「あ〜今日もよく泳いだ」なんつってブラブラ漕いでるとウィンドブレーカ着た四十後半のおとうさんがランニングしていた。

「お〜、お疲れさんねぇ。」ん?

ちょっと待て!

なんだそのリュックはッ!!

おとうさん、でっかく膨らんだリュックを背負って走っている。中身はなんだ?衣服やら軽いものだとしてもその膨らみだと結構入ってるのではないか?

新目白通りを己以外にも自転車で過ぎていく者がいる。普通に素通り。うん、パッと見、普通のランナーだもんな。己も見過ごしそうになった。

普通のおとうさんなんだよ。アスリートのオーラなんて微塵も感じられない。

でも、己も走るから分かる。そのリュックは異様だ!(間違い探しみたいな気分だ)

しかも、おとうさん結構早い。どんどん差をつけられる。こっちは自転車なのに!

オイオイオイオイオイオイオイオイオイ。

本気で漕いで追いつく。マジで早いぞこのペース。

リュック背負ってこの早さか!?ドラゴンボール式訓練法か。この一期一会は逃せねぇだろ。

 

走りながらの緊急インタビューだっ。(I can't help speaking to you.)

 

(自転車に乗ったまますーっと後ろから話し掛ける)「すいません。」

「はい?」

「いつも走ってらっしゃるんですか?」

「ええ」

「リュック背負って走って腰とか悪くしませんか?」

「ええ、大丈夫です」

 

終了。

いや、大丈夫じゃねぇだろ!

 

「結構重いんじゃないですか?」

「ええ、まぁ背広と靴が入ってますから。」

「腰とか大丈夫ですか?」(やたら腰を気にする己。だって…)

「ええ、大丈夫です。」

もう聞きたいことがいっぱいある。矢継ぎ早に質問する己。「どこから走ってきてらっしゃるんですか?」

おとうさん:「大手…」己:「あの…会社から走ってきてらっしゃるんで…」

!!

大手町ですかぁ!?

「ええ、会社が大手町ですから。大手町から練馬まで。」

「すっげ〜!!え?え?」

大手町から走って…このスタイルで?自転車を軽く漕いでるのと同じくらいのこのペースで?待てよ待てよ待てよ?

「いつから走ってらっしゃるんですか?」

「二年前くらいですかね。」

「二年前からリュック背負って走ってらっしゃるんですか?」「ええ」

どきゅ〜ん!こいつはスゲェ漢に会ったぜ。だって全然、四十後半くらいの全然ふつうのおとうさんなんだぜ?

背中からケータイのカメラで盗撮したが、夜中だからなんにも写らない。デジカメ買おう。

あ〜、みんなにこの人の姿を紹介したかったよぉぉぉ。

「なんかやってたんですか?」「いや、なんにも」

「学生時代は…」「いや、なんにも。…先月もフルマラソン走りました。一緒に走りましょうよ。」

赤信号で己とおとうさんは止まった。

おとうさんはほとんど息も乱れてないし、汗もかいてない。波紋使い?

おとうさんは言う。「六年前から走り出し始めまして、最近は毎日走ってます。」

「毎日?六年前から?」

「いやいや、最初は間隔を空けてました。」

「リュックは…」「リュックは二年前からです。毎日走るようになったのは、二年前からです。」

「すっげー!」己は嬉しい。

「一緒に走りませんか。」「ええ。己も走ってるんですよ。今日は…自転車ですけど。…。すると会社からご自宅まで…」

「いや、自宅は所沢です。練馬から電車に乗るんです。」

ビューティフル

「大手町から練馬までって何キロくらいでしょうか。」

「十七、八キロでしょうか。坂道を選んで走るんで遠回りになります。」

そりゃまたストイックな。「どれくらいで走られるんですか?」

「一時間半くらいでしょうか。」

「そんな毎日走って、疲れ溜まりませんか?」「溜まりません。」

信号が変わっておとうさんまた走り出す。

「ランニングハイ、来ますか?」

「ハイは来ませんねぇ…。」

…。あんまり邪魔しちゃいけないので(十分したけど)己は最後に宗教っぽい質問でインタビューを締めた。

健康ですか?

はいっ!

「ありがとうございました。またお会いしたら一緒に走りましょう。」

自転車に乗ったままいきなり、背後からインタビューしてもたじろぐことなく明るく丁寧に答え、あまつさえ逆にランニングを布教してくるおとうさん。ただもんじゃねぇ。

おとうさん…今日のお宅の晩御飯はなにが待っているのでしょう。(意味不明)

そんなことを考えながら次の信号でまた会ったら間抜けだと思い、全力で自転車を漕ぐのだった。汗かいた。