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05.06.30 木曜日

気合ストとしての石澤滝太郎

“伝説の気合師”の異名もとる己はしかし、自分の気合武勇伝を自ら語りはしない。

本物は沈黙する。

己が語り出すのは相手から乞われたときか相手を気合ストと認めた時である。


相対していれば分かるものである。

相手がただの威勢のイイ奴なのか本当に気合を理解する徒なのか。


なにが違うのであろう。

その佇[たたず]まいである。


気合武勇は一般からは理解され難いいわば“蛮行”である。

それは酔狂や伊達ではなく精神の乾きのクレパスから飛び出す“叫び”の表現。

 
その表現は孤独である。

いざというときに同士だと思っていたその漢が逃げることのさみしさ。

しかしその時になって彼を責めることなどできないのである。

責めるなら彼を同士と認めた自分の甘さを責めよ。

だから、気合ストはその佇まいで相手を判断する。

いざというときでもケツをまくれる佇まいをもっているかどうか。


“ミスターストイック”石澤滝太郎は久しぶりに出会った気合ストである。

己は奴に本物を感じる。

投稿者 多苗尚志 : 2005年6月30日 16:58編集
[ 石澤滝太郎伝エピソードからみるその人の魅力 ]

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