永福庵来庵帳
06.07.29 土曜日
妹前会議
皆黒友彌の妹が夏休みで東京に遊びに来る。
萌ちゃんだって。
今風ですな。
永福庵総出で迎える。
19歳だって!
みてくれもカワイイ!
曰く“クールな熱”藤沢烈はイケててモテそうで
己はオジさんなんだと。
ふ。まだ若いな。
投稿者 多苗尚志 : 09:01
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[ 金澤宏昭伝
・皆黒友彌伝
・皆黒萌伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
06.05.25 木曜日
千秋未遂
“マネジメント天将”千秋毅将が来庵。
うちは今1室空いている。
これから一週間、短期ルームシェアが行われることになった。
烈は朝が早いため12時には寝る。
己も誰が来ようが構わないし、己自身、1ヶ月友人の家だけを渡り歩いて生活したことがあったし
今でも、テキトーに人の家を泊まり歩くような生活をしているため、特に朝まで語るということもなく
1,2杯呑んで寝ることにした。
翌日、千秋の姿はなかった。
あいつもセンシティブな奴だから、烈と己が歓迎してないとでも思ったのではないだろうか。
全然OKなのに。
しかし、己も人の家に泊まりにいって相手にされなかったら迷惑掛けてるかなとか思うことがある。
(結局、泊まり続けるけど。)
悪いことをしたなぁと反省。
投稿者 多苗尚志 : 00:30
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[ 藤沢烈伝
・千秋毅将伝
・永福庵来庵帳
]
06.04.23 日曜日
その後
…。
たかじん出てきた。
また喰ったのか。
わかった。
呑みの後“小さくてもピリリと辛い小岩”佐々木孝仁を永福町まで引っ張ってきて
銭湯→大勝軒というコースだ。
水風呂で2人ともうわ言をいっていたのをかすかに覚えている。
で、うちにひきあげてそのまま寝たのか。
でも、なんで己、下半身裸なんだろう。
あ
昨日の格好はこれだった。
(既にMEGA少しイッてる)
着物とスカートの時は己、下着はかないもんね。
解決解決♪
よかった。
投稿者 多苗尚志 : 10:59
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[ 佐々木孝仁伝
・永福庵来庵帳
]
06.04.14 金曜日
朝は
昨日、“太陽王子”岩下均にチベット体操を紹介したわけだが
奴はえらくそれを気に入り、よく馴染んでいたようだった。
そのまま彼はうちに泊まることになった。
(彼に言わせれば「泊められた」となるかもしれない。)
寝付きのイイ己らは、会話しながら布団に入ると、話をしながら2秒で寝た。
昔となにも変わらない。
そして朝6時を迎える。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
たなさん!
最高だよ、チベット体操!目覚めバッチリだよ。」
そんないきなり効果が出るカヨ、と思いつつ目覚めてしまっている自分が嫌だ。
嫌な予感がするので寝てるフリをする。
「たなさん!チベット体操しよ!」
キタ。
1日のうち、朝のテンションが一番高く、“午前中人類最強の倭”と呼ばれるだけのことはある。
「出たよ。やだよ?己はもうちょっと寝るよ?」
「いやいやいやいや、たなさんなにいうとん。今やが今やが。今体操したら最高よ?」
確かに今やったら最高かもしれない。
はっ!!
いかんいかん。そんな事考えちゃいかん。
六時に起きて会社に遅刻する己って…
投稿者 多苗尚志 : 20:13
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[ 岩下均伝
・永福庵来庵帳
]
06.04.13 木曜日
そりゃあ
“太陽王子”岩下均はそのまま永福庵に来庵。
“クールな熱”藤沢烈に人生相談。
サラリーマン以下は彼に相談しても「独立しなさい」と言われるだけです。
烈が正しいと己は思う。
投稿者 多苗尚志 : 00:04
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[ 岩下均伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
06.01.26 木曜日
奴 is back
ルームメイトの“カメラを捨てた写真家”金澤宏昭帰還。
“クールな熱”藤沢烈と“千年建築への憧憬”伊藤啓二と共に迎える。
投稿者 多苗尚志 : 11:08
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[ 金澤宏昭伝
・伊藤啓二伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.09 金曜日
終電亡くして泊めて欲しいと“みえる…みえるぞ私にも…”本久貴志が来庵
掲題通り
投稿者 多苗尚志 : 16:14
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[ 本久貴志伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.05 月曜日
有馬友恵来庵
“淫靡な淑女”有馬友恵が永福庵に来庵。
カルカッタのような永福庵キッチンにも
「想像通り」とたじろがないので一安心。
サシ呑み。
彼女が
「多苗さんは人にばっかり話させて自分のことを語らない」
というので自己開示に挑戦。
彼女とのやりとりで気がついたことがある。
己は自分と近いタイプの人間、分かってくれる人間
(ex“スピードの哲人”清水宣晶、“藍田玉を生ず”五十川藍子…)
には聞かれてもないのにベラベラと自分のことを話すが
己とはタイプの違う人間
(ex有馬友恵)
には
「質問されてもいないのに自分のことを語る倭(おとこ)はどうかと思う。」
などと中国聖人ぶってみるのだ。
今日は恐れず自己開示した。
彼女的には「全然」とご不満だった様子。
投稿者 多苗尚志 : 17:17
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[ 有馬友恵伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.03 土曜日
永福庵にいらっしゃい。
四天王はそのまま永福庵へ
投稿者 多苗尚志 : 10:07
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[ 松田能成伝
・外木暁幸伝
・仁藤和良伝
・永福庵来庵帳
]
05.09.20 火曜日
朝
“S山下の男と女コラム”山下祥代も“ももいろじゅんご”小川順子も泊まっていった。
投稿者 多苗尚志 : 10:18
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[ 山下祥代伝
・小川順子伝
・永福庵来庵帳
]
05.08.11 木曜日
多苗さんヒドイ
「多苗さん今日泊まりいってもいいですか?」
“childman筆頭”鈴木智也にきかれた。
鈴木さんのお宅鎌倉だからね。
「いいですよ。でも、己は12:00には寝ますし、翌朝は6時半起きで
ティップネス征きますからお構いできませんけど、それでもよければ。」
「全然構わないです。お願いします。」
よし
これは、鈴木さんからの日頃の恩を返すいいチャンスだ!と思う。
鈴木さんは店を閉めてから来るというので地図を描いて差し上げる。
「己はケータイ持ってませんからね。ご注意下さい。」
なにせ我が永福庵の隣二軒は同じ住所だから。
永福庵の表札
はまた雨で流れてしまったが
前の住人の表札
があるのでそれを教えて差し上げる。
我ながら分かりやすい地図が描けた。
己は先に家に還ると
玄関に「いらっしゃいませ。一階でお眠りください」というメモを残し
先に寝る。
そして朝。
鈴木さん、ちゃんと着いて寝れたかなぁ?と下へ降りる。
“クールな熱”藤沢烈と鈴木さんがキッチンでお喋りしている。
鈴木さん初来庵。
新鮮。
「よく寝れましたか?」
「ええ。」
鈴木さんスマイル。
「よかった。」
「多苗さん、ヒドイですよ。」
「え?なにが?」
烈:「すんなり辿り着けなかったらしいよ。」
「え?地図分かりにくかったですか?」
鈴:「分かりにくいっつぅか分かりにくいのもあるんですけど(あるんだ)
表札無いじゃないですか。」
「え!?ありますよぉ。」
烈:「地図に描いてる表札と違ったらしい。」
って
太田だ!
超太田。
結局太田。
ごん太[ぶと]田。
しかもヨシオ。
烈:「酔っ払ってたの?」
「いや、ド正気だったよ。あれっ?うち太田かぁ。えー?」
鈴:「えー?じゃないですよ。笑。」
烈:「なんでココだって分かったんですか?」
鈴:「40分くらい地べたに座って悩んでたんですが、
もう雰囲気でここにしよう!と決めてドア開けたんです。」
烈:「笑。それ間違ってたら相当ヤバイですよね。」
鈴:「ええ。でも、ドア開けたらメモがあったんでああここだな、と。」
「すいません!すいません!」
烈:「あれ?どこで寝たんですか?」
鈴:「いや、ここ(キッチン)で。」
烈:「ここで!?」
「厩[うまや]じゃないですか!聖徳太子みたいだ!」
鈴:「メモに一階で寝てくださいって書いてありましたから。」
烈:「一階俺が寝てるよ。」
鈴:「ええ。気配で誰かいるなってわかりましたから、ここで。」
烈:「多苗くーん。」
「いや・・・その・・・」
鈴:「いやいや、寝床は全然疑問に思いませんでしたけどね。
ここで寝ればいいんだなって。
綺麗じゃないですか。」
「きれいじゃないですよ!」
また恩を罰で返してしまった。
投稿者 多苗尚志 : 10:13
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[ 鈴木智也伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.16 木曜日
好奇心いっぱいの永福庵
5月28日の井手剛セミナーで知り合った“無邪気な好奇心”金子秀一と呑む。
まず、前から気になっていた明大前のラーメン屋で腹をこなし
我が部屋で語り。
家呑みは落ち着いてしかも安いのでグッド。
金子君は家が千葉なのでうちにお泊まり頂くことに成り行き決定。
投稿者 多苗尚志 : 12:32
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[ 金子秀一伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.09 木曜日
ふみと
また返事(返ブロ)が遅れたな。
悪ィ悪ィ。
ゆるせ。
“ふみと”土田史と永福庵でサシ呑み。
5月20日の-ZONE-で初対面して以来ずっと呑みたいと思っていた。
己はなにかが「できる」ということにはあまり興味がない。
だから、初対面の人とも
「なにをやっている人」とか「なにができる人」とか
そんなことはキョーミがない。
問題はあなたのことを好きになれそうかどうか。
人生一緒に生きていけるかどうか。
現在の己の他人に対する最大価値です。
だから、人生を「生まれ」から洗ったりするような質問、
どういう思想パターン・価値観をもっているかと探るような質問を
浴びせてしまうのだが、
1時間そこらで洗えるもんではないし、
質問ばかり浴びせるのも失礼orつまらん。
ちょっと勿体ないことをしたと反省しつつも、
君は質問するに足る漢なのだよ。
(彼の盟友である)“伝説武蔵”伊藤祐一郎の気持ちもわかるってもんだ。
ふみとくん。
己は君が好きだよ。
お互い遠慮しつつ、笑。、ぶっちゃけあって殴り合うこともできるようだ。
また呑ろうじゃねぇか。
あ、名前はそれで合ってるよ。
多苗さん。
なんか今日は質問攻めでしたね。
くやしいですけど。
約束通りブログ書きました。
オレはまだ多苗さんのこと何も知らないですから。
どうぞよろしく!
ただ、お互い、戦って行かなければならない方向は割と似てるような気がしました!
また、飲みましょう!
では、失礼します!
投稿者 多苗尚志 : 16:31
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[ 土田史伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.04 土曜日
ザーザと雨が降ってきて
ピクニックが終わったら大雨がyeahyeah。
もってきてよかった番傘ちゃん。
ノリで“不背の伊達漢”塩崎哲也誕生会に征くことになった
“情熱のFinancePlanner”長尾好則
“UNDERGROUND”室井コカヲ
“カラテカ”鴻池貴光
の3人と永福庵に還って
仮装の準備じゃ。
投稿者 多苗尚志 : 09:24
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[ 長尾好則伝
・鴻池貴光伝
・室井コカヲ伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.30 月曜日
我ら牙城の魂
高校生の時、新聞のコラムだったかで読んだ。
『イギリスのケンブリッジ大学の学生寮で暮らした学生たちは
非常に結びつきが強く、社会に出てからも互いに助け合い
一生のつきあいになる。』
己はこれを読んで、強烈に憧れた。
強烈に憧れた割に、留学もしなかったし、学生寮にも入らなかったが。
別にケンブリッジなんざ征かなくても、それと同様のことはできる。
そう。
ルームシェアである。
2000年、単位を落とし、留年を確定させてまでして己は、
新宿は西落合に、「welcome!to牙の城」というルームシェア物件を築城した。
城には、己の義弟が1人、
インターネットでみつけたアメリカ人が1人。
そのアメリカ人の友達のコスタリカ人が1人。
己のネットの募集に呼応したマーケティング漢が1人。
己のネットの募集に呼応した芸能プロダクション女の子が1人。
合計6人が集まり、歴史が始まった。
そのマーケティング漢が、“キン肉パスタ”川島賢一(ケン)。
その芸能プロダクション女が、“牙城母”山下祥代(さつこ)。
己の義弟のサークルの先輩が“哀愁のチャタ”長井健太郎(チャ僧)。
川島賢一の幼馴染みが“千年建築への憧憬”伊藤啓二(けいじ)。
現牙城城民の女の子が“つっついみゅ”miu(みうちゃん)。
チャ僧は牙城に一番遊びに来ていたお客さんで、
名誉牙城民にまでなられあそばされた人。
みうちゃん以外はみんな牙城卒業生。
今日はこういったメンバーでお送りします。
ケンは今マーケティング会社を退職し、レストランでシェフの修行をしています。
淡々と「終電還り始発出勤」を続けている。
たまに始発では間に合わなくてタクシーで出勤するらしい。
休日は毎週月曜だけ。
その月曜を利してみんなで集まる。
雨降る渋谷にみんなで集まる。
けいじとみうちゃんはまだ仕事で来れない。
征き先は、瀬田温泉。
さつこも一緒にいるから水着混浴の方がいいかなと思って。
会社帰りにふと温泉なんざ征きますとね、あんた
たとえ、二子玉でも小旅行気分。
写真は、二子玉駅でたこ焼きを買うさっちゃんなのですが、
旅行っぽいじゃないですか旅行っぽいじゃないですか。
気分次第で今、大阪。
温泉入ってゆっくりします。
みんなで島根行ったり、スキー行ったり、那須行ったりしたことが
思い出されますやね。
そしてみんなで買い物してぇ…
けいじとみうちゃんとも永福庵で合流。
シェフ川島に一流イタリアンをごちそういただく。
助手は長井健太郎。
今日のメニューは
・ブロッコリーのペペロンチーノ、ほうれん草入りのパスタで
・BUTASHYABUサラダ
・豚ガラスープ
の3本です。
月曜夜の23:00~パーティースタート
パーティーっつぅか、
牙城キッチンに3人以上集まったときに始まるノリが、
そのまま再現されてるって感じ。
昔ゃ、よくこんな感じでしたよ。
ていうか、ケンが一番つらいんですけど。
朝、五時に銀座ですから彼。
“クールな熱”藤沢烈(己の現ルームメイト)が会社から還ってきて、
玄関開けたら見知らぬ男女がワッシャーって呑ってて、
エー?って感じ。
ごめんね。
奴もチョロッと混ざる。
己はなにげに嬉しい。
宴は朝の四時まで続きましたとさ。
爆笑しまくりでしたとさ。
男女関係なく雑魚寝しましたとさ。
いいねぇ。
なんかあれば集まるわけですよ。
家族に近いね。
ケンとみうちゃんとチャ僧は始発で還りました。
実はそもそもなんで今回集まったかって、
裏設定があったんですけど伝わってないみたい。
ま、いっか。
川島賢一曰く
渋谷
久々に以前のルームメイトと遊ぶ。
愉快痛快な都内温泉ツアーを慣行。
で、その後、友人宅にて、料理を作る。
温泉のおかげで、ビールが無碍にうまい。
けっこうすきっぱらに飲んだので、
すぐまわっちまったので、そそくさと寝た。
ちと後悔。でも、どのみち、明日は早いから、
うれしくもあった。あーつかれた。
ケンのブログは超きついことを超淡々とやっていて己の超オススメです。
大好きなブログ。でもやっぱケンのこと知らないとつまんないかも。
投稿者 多苗尚志 : 13:36
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[ 伊藤啓二伝
・川島賢一伝
・長井健太郎伝
・山下祥代伝
・miu伝
・藤沢烈伝
・牙の城伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.20 金曜日
そしてよしだよしお
-ZONE-から吉田恭隆と共に還る。
彼との縁は数奇。
97年、己が学生時代に名古屋のイベントに寄った際に、
名古屋に住んでいる彼に出会ったのがそもそもの最初。
以来、仲良く東京、名古屋を訪ね合う仲だったが、
ここ2年半くらいパッタリと連絡が途絶えていた。
ずっと、気にはなっていたが、
連絡をする程ではなかった。
己は、名古屋にだろうがマレーシアにだろうが、
意識的に、自分が東京でやるイベントの情報をBCCで流すのだが、
奴は読んでいるはずだが、それに関してもなんの反応もない。
そもそもこのアドレスはメインで読んでいるのだろうか。
ケータイ番号も今となってはわからない。
(それは己がケータイを壊しすぎるからなんだけど)
ある日、アドレスがパタッとReturned mail: User unknown
とかなったらもう二度と会えないだろう。
二度と会えないと分かっていても、
(それはきっと無意識レベルであろう。
人間、分かっているのにミスをするものであろう。
中無意識とでも云うべきか)
敢えて私信を送るようなアクションまでには移れない。
ああ、よっしーって面白い奴がいたけど、
(地方だし)もう会えないのかな、
こうやって人とのつきあいって風化していくのかな。
そんな感じだった。
中無意識が、意識レベルに移る瞬間がある。
今回は「ふと」である。
ふと、吉田恭隆に「元気してるかよメール」を送った。
すると、あの野郎、久しぶりともいわず、
久しぶりの文体も醸し出さず、
いつも会ってる口調で、
「おう。今は永福町に住んでいます。またメールします。」
だって。
絶対、またメールしないよね。
サラッと言ってんじゃねぇよ!バカヤロウ!
いや待て。
「え?永福町なの?
なんでなんで?
えー!会おうよ」
なんてギャーギャー言うと追っかけ的な立場になってカッコ悪いので、
ここはサラッと
「ああ。駅前で見掛けたよ。だからメールしてんじゃん」
なんて送っておこう。
そういうわけで己は貴重な友人、
吉田恭隆との友好を再温し、
今晩は、奴が来庵ってワケだ。
久しぶりにサシ呑みしたあいつは、12時を過ぎても起きていられるようになっていた。
鉄拳3のレイが少し強くなっていた。
己が弱くなったのかな。
彼が今回、-ZONE-にお連れ頂いた
“何事もなせばなる そして 意思あるところに道は通ず のじゃ!”
田中あき子Jerryとは七年ぶりの再会。
七年前は、酔っ払ってお宅に征って、すみませんでした。
曰く「あの時、多苗さんに思ったのは、『あ。この人はコミュニケーションができない人なんだ』と思った。」
笑。
もうひとり、“コクがあるのにキレがいい”塚本健太郎とは
八年ぶりの再会。
己が勢いだけで(今もだけど)主催して大コケだったイベント
KoiKoiに温かく名古屋から参加してくれたのが彼。
自分が虐げられていたときにやさしくしてくれた人ってずっと覚えてます。
まぁ、色々感謝だな。
投稿者 多苗尚志 : 08:46
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[ 永福庵来庵帳
]
05.05.11 水曜日
SYNTAX ERROR
その漢は人生を二倍楽しんでいるような漢だった。
すなわち、正統とカオスの周縁を往き来する漢。
いつも行動が楽しみに向かっている漢。
漢が今夜来庵するという。
9時に永福町駅で待ち合わせたが、己が15分遅れることとなった。
君ならどう待つ?
本を読む?
コンビニで立ち読み?
面白くないな。
漢は、小料理屋に入って酒を一杯呑み、主人と会話を楽しんでいた。
永福町民の己が一度も征った事のない店で。
彼をコンピュータで解析しようとすると、
コンピュータはたちまちERRORを起こすだろう。
“SYNTAX ERROR”吉田真太が来庵。
近くアニメの仕事をすべく4ヶ月ほど渡米するのだそう。
銭湯へ征き、水風呂でトランスした後、
庵で呑む。
明日、朝の八時に米国大使館に征かなければならないので
泊まっていくという。
盛り上がっているところに
“千年建築への憧憬”伊藤啓二が還ってきて闖入。
真太も啓二も、人見知りしないタイプなのでソッコー3人で盛り上がる。
2時くらいに寝ようと思っていたが、話が面白過ぎて布団に移動できない。
抽象に抽象を重ねた話で、しかし、3人ともなにについて話しているか
イメージが共有できているという稀有な語りで
しゃぶりついて楽しんでいると朝の四時。
真太は朝の六時に起きて家を出ていく。
一流の商社マンだ。
己と啓二はふたりして寝坊する。
投稿者 多苗尚志 : 15:50
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[ 伊藤啓二伝
・吉田真太伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.09 月曜日
遂に高須多明!
“めげない笑顔”高須多明が来庵。
この漢はスゴイ。
映画KillBillで、殺陣指導をしたという集団がいた。
その集団がクラブイベントで殺陣を披露するというので
己はそれに征った。
殺陣はいいが、客入りの少ない冷えたイベントだった。
「指導しますので誰かやってみませんか?」という
オキマリの展開になるが
誰も名乗り出ない。
誰も出ない中、1人の漢が「じゃあ」って、うれしそうに出てきた。
そのイベントは音楽もあまりよろしくなく
踊れもしないし、なんだかなぁというイベントだったが
己はそいつが面白そうな奴だと思い、声をかけた。
クラブで女の子じゃなく漢に声掛ける己もなんだかなぁって感じなのだが
その漢こそが高須君だった。
高須君は、浪人生で受験中だという。
受験中でクラブきちゃったらなんだかなぁと思っていたが
その後、大学は受けないことにしました。というメールが来た。
それが冬で時は流れ04年の9月にポッと彼からメールが来た。
「お元気ですか?お会いしたいです。」
悪いがその頃、己は元気じゃなかった。
人に会いたい気分ではなかった。
予定が合わないみたいなことを言ってると
10月にまたメールが来た。
いや、会えないと言ってると
11月、12月…
半月に一通くらいのペースでメールが来る。
声を掛けたのは己の方からだったが
たかだかクラブイベントで一回ちらっと話をしただけだ。
それで4ヶ月断られてもまだあきらめない。
己ならせいぜい3ヶ月であきらめる。
こいつは面白い。
1月に少し余裕ができて、いや全然無いんだけど、敢えて余裕として
会おうということになり、日取りが決まったが
少しして彼の都合が悪くなった。
2月に延期。
今度は己がドタキャン
3月に己が2回ドタキャン。
そして
今日、やっと会えた。
ふたりとも実は相手がどんな顔だったかよく思い出せないくらいに
なっていたが
まるでめげないような笑顔の奴だった。
なんでそこまでして己に会いたかったのかと聞いてみたら
「ホームページをみて、この人は絶対面白いと思ったから」だそうだ。
酒を喰らって笑いあった。
銭湯にも征った。
初のサシ呑みで銭湯に征くのは初めてだ。
己もなにか応えたかったのだ。
月曜なので銭湯は休みだった。
投稿者 多苗尚志 : 18:08
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[ 高須多明伝
・永福庵来庵帳
]
06.07.29 土曜日
妹前会議
皆黒友彌の妹が夏休みで東京に遊びに来る。
萌ちゃんだって。
今風ですな。
永福庵総出で迎える。
19歳だって!
みてくれもカワイイ!
曰く“クールな熱”藤沢烈はイケててモテそうで
己はオジさんなんだと。
ふ。まだ若いな。
投稿者 多苗尚志 : 09:01
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・皆黒友彌伝
・皆黒萌伝
・藤沢烈伝
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06.05.25 木曜日
千秋未遂
“マネジメント天将”千秋毅将が来庵。
うちは今1室空いている。
これから一週間、短期ルームシェアが行われることになった。
烈は朝が早いため12時には寝る。
己も誰が来ようが構わないし、己自身、1ヶ月友人の家だけを渡り歩いて生活したことがあったし
今でも、テキトーに人の家を泊まり歩くような生活をしているため、特に朝まで語るということもなく
1,2杯呑んで寝ることにした。
翌日、千秋の姿はなかった。
あいつもセンシティブな奴だから、烈と己が歓迎してないとでも思ったのではないだろうか。
全然OKなのに。
しかし、己も人の家に泊まりにいって相手にされなかったら迷惑掛けてるかなとか思うことがある。
(結局、泊まり続けるけど。)
悪いことをしたなぁと反省。
投稿者 多苗尚志 : 00:30
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・千秋毅将伝
・永福庵来庵帳
]
06.04.23 日曜日
その後
…。
たかじん出てきた。
また喰ったのか。
わかった。
呑みの後“小さくてもピリリと辛い小岩”佐々木孝仁を永福町まで引っ張ってきて
銭湯→大勝軒というコースだ。
水風呂で2人ともうわ言をいっていたのをかすかに覚えている。
で、うちにひきあげてそのまま寝たのか。
でも、なんで己、下半身裸なんだろう。
あ
昨日の格好はこれだった。
(既にMEGA少しイッてる)
着物とスカートの時は己、下着はかないもんね。
解決解決♪
よかった。
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・永福庵来庵帳
]
06.04.14 金曜日
朝は
昨日、“太陽王子”岩下均にチベット体操を紹介したわけだが
奴はえらくそれを気に入り、よく馴染んでいたようだった。
そのまま彼はうちに泊まることになった。
(彼に言わせれば「泊められた」となるかもしれない。)
寝付きのイイ己らは、会話しながら布団に入ると、話をしながら2秒で寝た。
昔となにも変わらない。
そして朝6時を迎える。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
たなさん!
最高だよ、チベット体操!目覚めバッチリだよ。」
そんないきなり効果が出るカヨ、と思いつつ目覚めてしまっている自分が嫌だ。
嫌な予感がするので寝てるフリをする。
「たなさん!チベット体操しよ!」
キタ。
1日のうち、朝のテンションが一番高く、“午前中人類最強の倭”と呼ばれるだけのことはある。
「出たよ。やだよ?己はもうちょっと寝るよ?」
「いやいやいやいや、たなさんなにいうとん。今やが今やが。今体操したら最高よ?」
確かに今やったら最高かもしれない。
はっ!!
いかんいかん。そんな事考えちゃいかん。
六時に起きて会社に遅刻する己って…
投稿者 多苗尚志 : 20:13
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[ 岩下均伝
・永福庵来庵帳
]
06.04.13 木曜日
そりゃあ
“太陽王子”岩下均はそのまま永福庵に来庵。
“クールな熱”藤沢烈に人生相談。
サラリーマン以下は彼に相談しても「独立しなさい」と言われるだけです。
烈が正しいと己は思う。
投稿者 多苗尚志 : 00:04
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[ 岩下均伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
06.01.26 木曜日
奴 is back
ルームメイトの“カメラを捨てた写真家”金澤宏昭帰還。
“クールな熱”藤沢烈と“千年建築への憧憬”伊藤啓二と共に迎える。
投稿者 多苗尚志 : 11:08
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・伊藤啓二伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.09 金曜日
終電亡くして泊めて欲しいと“みえる…みえるぞ私にも…”本久貴志が来庵
掲題通り
投稿者 多苗尚志 : 16:14
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[ 本久貴志伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.05 月曜日
有馬友恵来庵
“淫靡な淑女”有馬友恵が永福庵に来庵。
カルカッタのような永福庵キッチンにも
「想像通り」とたじろがないので一安心。
サシ呑み。
彼女が
「多苗さんは人にばっかり話させて自分のことを語らない」
というので自己開示に挑戦。
彼女とのやりとりで気がついたことがある。
己は自分と近いタイプの人間、分かってくれる人間
(ex“スピードの哲人”清水宣晶、“藍田玉を生ず”五十川藍子…)
には聞かれてもないのにベラベラと自分のことを話すが
己とはタイプの違う人間
(ex有馬友恵)
には
「質問されてもいないのに自分のことを語る倭(おとこ)はどうかと思う。」
などと中国聖人ぶってみるのだ。
今日は恐れず自己開示した。
彼女的には「全然」とご不満だった様子。
投稿者 多苗尚志 : 17:17
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[ 有馬友恵伝
・永福庵来庵帳
]
05.12.03 土曜日
永福庵にいらっしゃい。
四天王はそのまま永福庵へ
投稿者 多苗尚志 : 10:07
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[ 松田能成伝
・外木暁幸伝
・仁藤和良伝
・永福庵来庵帳
]
05.09.20 火曜日
朝
“S山下の男と女コラム”山下祥代も“ももいろじゅんご”小川順子も泊まっていった。
投稿者 多苗尚志 : 10:18
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[ 山下祥代伝
・小川順子伝
・永福庵来庵帳
]
05.08.11 木曜日
多苗さんヒドイ
「多苗さん今日泊まりいってもいいですか?」
“childman筆頭”鈴木智也にきかれた。
鈴木さんのお宅鎌倉だからね。
「いいですよ。でも、己は12:00には寝ますし、翌朝は6時半起きで
ティップネス征きますからお構いできませんけど、それでもよければ。」
「全然構わないです。お願いします。」
よし
これは、鈴木さんからの日頃の恩を返すいいチャンスだ!と思う。
鈴木さんは店を閉めてから来るというので地図を描いて差し上げる。
「己はケータイ持ってませんからね。ご注意下さい。」
なにせ我が永福庵の隣二軒は同じ住所だから。
永福庵の表札
はまた雨で流れてしまったが
前の住人の表札
があるのでそれを教えて差し上げる。
我ながら分かりやすい地図が描けた。
己は先に家に還ると
玄関に「いらっしゃいませ。一階でお眠りください」というメモを残し
先に寝る。
そして朝。
鈴木さん、ちゃんと着いて寝れたかなぁ?と下へ降りる。
“クールな熱”藤沢烈と鈴木さんがキッチンでお喋りしている。
鈴木さん初来庵。
新鮮。
「よく寝れましたか?」
「ええ。」
鈴木さんスマイル。
「よかった。」
「多苗さん、ヒドイですよ。」
「え?なにが?」
烈:「すんなり辿り着けなかったらしいよ。」
「え?地図分かりにくかったですか?」
鈴:「分かりにくいっつぅか分かりにくいのもあるんですけど(あるんだ)
表札無いじゃないですか。」
「え!?ありますよぉ。」
烈:「地図に描いてる表札と違ったらしい。」
って
太田だ!
超太田。
結局太田。
ごん太[ぶと]田。
しかもヨシオ。
烈:「酔っ払ってたの?」
「いや、ド正気だったよ。あれっ?うち太田かぁ。えー?」
鈴:「えー?じゃないですよ。笑。」
烈:「なんでココだって分かったんですか?」
鈴:「40分くらい地べたに座って悩んでたんですが、
もう雰囲気でここにしよう!と決めてドア開けたんです。」
烈:「笑。それ間違ってたら相当ヤバイですよね。」
鈴:「ええ。でも、ドア開けたらメモがあったんでああここだな、と。」
「すいません!すいません!」
烈:「あれ?どこで寝たんですか?」
鈴:「いや、ここ(キッチン)で。」
烈:「ここで!?」
「厩[うまや]じゃないですか!聖徳太子みたいだ!」
鈴:「メモに一階で寝てくださいって書いてありましたから。」
烈:「一階俺が寝てるよ。」
鈴:「ええ。気配で誰かいるなってわかりましたから、ここで。」
烈:「多苗くーん。」
「いや・・・その・・・」
鈴:「いやいや、寝床は全然疑問に思いませんでしたけどね。
ここで寝ればいいんだなって。
綺麗じゃないですか。」
「きれいじゃないですよ!」
また恩を罰で返してしまった。
投稿者 多苗尚志 : 10:13
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[ 鈴木智也伝
・藤沢烈伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.16 木曜日
好奇心いっぱいの永福庵
5月28日の井手剛セミナーで知り合った“無邪気な好奇心”金子秀一と呑む。
まず、前から気になっていた明大前のラーメン屋で腹をこなし
我が部屋で語り。
家呑みは落ち着いてしかも安いのでグッド。
金子君は家が千葉なのでうちにお泊まり頂くことに成り行き決定。
投稿者 多苗尚志 : 12:32
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[ 金子秀一伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.09 木曜日
ふみと
また返事(返ブロ)が遅れたな。
悪ィ悪ィ。
ゆるせ。
“ふみと”土田史と永福庵でサシ呑み。
5月20日の-ZONE-で初対面して以来ずっと呑みたいと思っていた。
己はなにかが「できる」ということにはあまり興味がない。
だから、初対面の人とも
「なにをやっている人」とか「なにができる人」とか
そんなことはキョーミがない。
問題はあなたのことを好きになれそうかどうか。
人生一緒に生きていけるかどうか。
現在の己の他人に対する最大価値です。
だから、人生を「生まれ」から洗ったりするような質問、
どういう思想パターン・価値観をもっているかと探るような質問を
浴びせてしまうのだが、
1時間そこらで洗えるもんではないし、
質問ばかり浴びせるのも失礼orつまらん。
ちょっと勿体ないことをしたと反省しつつも、
君は質問するに足る漢なのだよ。
(彼の盟友である)“伝説武蔵”伊藤祐一郎の気持ちもわかるってもんだ。
ふみとくん。
己は君が好きだよ。
お互い遠慮しつつ、笑。、ぶっちゃけあって殴り合うこともできるようだ。
また呑ろうじゃねぇか。
あ、名前はそれで合ってるよ。
多苗さん。
なんか今日は質問攻めでしたね。
くやしいですけど。
約束通りブログ書きました。
オレはまだ多苗さんのこと何も知らないですから。
どうぞよろしく!
ただ、お互い、戦って行かなければならない方向は割と似てるような気がしました!
また、飲みましょう!
では、失礼します!
投稿者 多苗尚志 : 16:31
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[ 土田史伝
・永福庵来庵帳
]
05.06.04 土曜日
ザーザと雨が降ってきて
ピクニックが終わったら大雨がyeahyeah。
もってきてよかった番傘ちゃん。
ノリで“不背の伊達漢”塩崎哲也誕生会に征くことになった
“情熱のFinancePlanner”長尾好則
“UNDERGROUND”室井コカヲ
“カラテカ”鴻池貴光
の3人と永福庵に還って
仮装の準備じゃ。
投稿者 多苗尚志 : 09:24
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[ 長尾好則伝
・鴻池貴光伝
・室井コカヲ伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.30 月曜日
我ら牙城の魂
高校生の時、新聞のコラムだったかで読んだ。
『イギリスのケンブリッジ大学の学生寮で暮らした学生たちは
非常に結びつきが強く、社会に出てからも互いに助け合い
一生のつきあいになる。』
己はこれを読んで、強烈に憧れた。
強烈に憧れた割に、留学もしなかったし、学生寮にも入らなかったが。
別にケンブリッジなんざ征かなくても、それと同様のことはできる。
そう。
ルームシェアである。
2000年、単位を落とし、留年を確定させてまでして己は、
新宿は西落合に、「welcome!to牙の城」というルームシェア物件を築城した。
城には、己の義弟が1人、
インターネットでみつけたアメリカ人が1人。
そのアメリカ人の友達のコスタリカ人が1人。
己のネットの募集に呼応したマーケティング漢が1人。
己のネットの募集に呼応した芸能プロダクション女の子が1人。
合計6人が集まり、歴史が始まった。
そのマーケティング漢が、“キン肉パスタ”川島賢一(ケン)。
その芸能プロダクション女が、“牙城母”山下祥代(さつこ)。
己の義弟のサークルの先輩が“哀愁のチャタ”長井健太郎(チャ僧)。
川島賢一の幼馴染みが“千年建築への憧憬”伊藤啓二(けいじ)。
現牙城城民の女の子が“つっついみゅ”miu(みうちゃん)。
チャ僧は牙城に一番遊びに来ていたお客さんで、
名誉牙城民にまでなられあそばされた人。
みうちゃん以外はみんな牙城卒業生。
今日はこういったメンバーでお送りします。
ケンは今マーケティング会社を退職し、レストランでシェフの修行をしています。
淡々と「終電還り始発出勤」を続けている。
たまに始発では間に合わなくてタクシーで出勤するらしい。
休日は毎週月曜だけ。
その月曜を利してみんなで集まる。
雨降る渋谷にみんなで集まる。
けいじとみうちゃんはまだ仕事で来れない。
征き先は、瀬田温泉。
さつこも一緒にいるから水着混浴の方がいいかなと思って。
会社帰りにふと温泉なんざ征きますとね、あんた
たとえ、二子玉でも小旅行気分。
写真は、二子玉駅でたこ焼きを買うさっちゃんなのですが、
旅行っぽいじゃないですか旅行っぽいじゃないですか。
気分次第で今、大阪。
温泉入ってゆっくりします。
みんなで島根行ったり、スキー行ったり、那須行ったりしたことが
思い出されますやね。
そしてみんなで買い物してぇ…
けいじとみうちゃんとも永福庵で合流。
シェフ川島に一流イタリアンをごちそういただく。
助手は長井健太郎。
今日のメニューは
・ブロッコリーのペペロンチーノ、ほうれん草入りのパスタで
・BUTASHYABUサラダ
・豚ガラスープ
の3本です。
月曜夜の23:00~パーティースタート
パーティーっつぅか、
牙城キッチンに3人以上集まったときに始まるノリが、
そのまま再現されてるって感じ。
昔ゃ、よくこんな感じでしたよ。
ていうか、ケンが一番つらいんですけど。
朝、五時に銀座ですから彼。
“クールな熱”藤沢烈(己の現ルームメイト)が会社から還ってきて、
玄関開けたら見知らぬ男女がワッシャーって呑ってて、
エー?って感じ。
ごめんね。
奴もチョロッと混ざる。
己はなにげに嬉しい。
宴は朝の四時まで続きましたとさ。
爆笑しまくりでしたとさ。
男女関係なく雑魚寝しましたとさ。
いいねぇ。
なんかあれば集まるわけですよ。
家族に近いね。
ケンとみうちゃんとチャ僧は始発で還りました。
実はそもそもなんで今回集まったかって、
裏設定があったんですけど伝わってないみたい。
ま、いっか。
川島賢一曰く
渋谷
久々に以前のルームメイトと遊ぶ。
愉快痛快な都内温泉ツアーを慣行。
で、その後、友人宅にて、料理を作る。
温泉のおかげで、ビールが無碍にうまい。
けっこうすきっぱらに飲んだので、
すぐまわっちまったので、そそくさと寝た。
ちと後悔。でも、どのみち、明日は早いから、
うれしくもあった。あーつかれた。
ケンのブログは超きついことを超淡々とやっていて己の超オススメです。
大好きなブログ。でもやっぱケンのこと知らないとつまんないかも。
投稿者 多苗尚志 : 13:36
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[ 伊藤啓二伝
・川島賢一伝
・長井健太郎伝
・山下祥代伝
・miu伝
・藤沢烈伝
・牙の城伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.20 金曜日
そしてよしだよしお
-ZONE-から吉田恭隆と共に還る。
彼との縁は数奇。
97年、己が学生時代に名古屋のイベントに寄った際に、
名古屋に住んでいる彼に出会ったのがそもそもの最初。
以来、仲良く東京、名古屋を訪ね合う仲だったが、
ここ2年半くらいパッタリと連絡が途絶えていた。
ずっと、気にはなっていたが、
連絡をする程ではなかった。
己は、名古屋にだろうがマレーシアにだろうが、
意識的に、自分が東京でやるイベントの情報をBCCで流すのだが、
奴は読んでいるはずだが、それに関してもなんの反応もない。
そもそもこのアドレスはメインで読んでいるのだろうか。
ケータイ番号も今となってはわからない。
(それは己がケータイを壊しすぎるからなんだけど)
ある日、アドレスがパタッとReturned mail: User unknown
とかなったらもう二度と会えないだろう。
二度と会えないと分かっていても、
(それはきっと無意識レベルであろう。
人間、分かっているのにミスをするものであろう。
中無意識とでも云うべきか)
敢えて私信を送るようなアクションまでには移れない。
ああ、よっしーって面白い奴がいたけど、
(地方だし)もう会えないのかな、
こうやって人とのつきあいって風化していくのかな。
そんな感じだった。
中無意識が、意識レベルに移る瞬間がある。
今回は「ふと」である。
ふと、吉田恭隆に「元気してるかよメール」を送った。
すると、あの野郎、久しぶりともいわず、
久しぶりの文体も醸し出さず、
いつも会ってる口調で、
「おう。今は永福町に住んでいます。またメールします。」
だって。
絶対、またメールしないよね。
サラッと言ってんじゃねぇよ!バカヤロウ!
いや待て。
「え?永福町なの?
なんでなんで?
えー!会おうよ」
なんてギャーギャー言うと追っかけ的な立場になってカッコ悪いので、
ここはサラッと
「ああ。駅前で見掛けたよ。だからメールしてんじゃん」
なんて送っておこう。
そういうわけで己は貴重な友人、
吉田恭隆との友好を再温し、
今晩は、奴が来庵ってワケだ。
久しぶりにサシ呑みしたあいつは、12時を過ぎても起きていられるようになっていた。
鉄拳3のレイが少し強くなっていた。
己が弱くなったのかな。
彼が今回、-ZONE-にお連れ頂いた
“何事もなせばなる そして 意思あるところに道は通ず のじゃ!”
田中あき子Jerryとは七年ぶりの再会。
七年前は、酔っ払ってお宅に征って、すみませんでした。
曰く「あの時、多苗さんに思ったのは、『あ。この人はコミュニケーションができない人なんだ』と思った。」
笑。
もうひとり、“コクがあるのにキレがいい”塚本健太郎とは
八年ぶりの再会。
己が勢いだけで(今もだけど)主催して大コケだったイベント
KoiKoiに温かく名古屋から参加してくれたのが彼。
自分が虐げられていたときにやさしくしてくれた人ってずっと覚えてます。
まぁ、色々感謝だな。
投稿者 多苗尚志 : 08:46
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[ 永福庵来庵帳
]
05.05.11 水曜日
SYNTAX ERROR
その漢は人生を二倍楽しんでいるような漢だった。
すなわち、正統とカオスの周縁を往き来する漢。
いつも行動が楽しみに向かっている漢。
漢が今夜来庵するという。
9時に永福町駅で待ち合わせたが、己が15分遅れることとなった。
君ならどう待つ?
本を読む?
コンビニで立ち読み?
面白くないな。
漢は、小料理屋に入って酒を一杯呑み、主人と会話を楽しんでいた。
永福町民の己が一度も征った事のない店で。
彼をコンピュータで解析しようとすると、
コンピュータはたちまちERRORを起こすだろう。
“SYNTAX ERROR”吉田真太が来庵。
近くアニメの仕事をすべく4ヶ月ほど渡米するのだそう。
銭湯へ征き、水風呂でトランスした後、
庵で呑む。
明日、朝の八時に米国大使館に征かなければならないので
泊まっていくという。
盛り上がっているところに
“千年建築への憧憬”伊藤啓二が還ってきて闖入。
真太も啓二も、人見知りしないタイプなのでソッコー3人で盛り上がる。
2時くらいに寝ようと思っていたが、話が面白過ぎて布団に移動できない。
抽象に抽象を重ねた話で、しかし、3人ともなにについて話しているか
イメージが共有できているという稀有な語りで
しゃぶりついて楽しんでいると朝の四時。
真太は朝の六時に起きて家を出ていく。
一流の商社マンだ。
己と啓二はふたりして寝坊する。
投稿者 多苗尚志 : 15:50
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[ 伊藤啓二伝
・吉田真太伝
・永福庵来庵帳
]
05.05.09 月曜日
遂に高須多明!
“めげない笑顔”高須多明が来庵。
この漢はスゴイ。
映画KillBillで、殺陣指導をしたという集団がいた。
その集団がクラブイベントで殺陣を披露するというので
己はそれに征った。
殺陣はいいが、客入りの少ない冷えたイベントだった。
「指導しますので誰かやってみませんか?」という
オキマリの展開になるが
誰も名乗り出ない。
誰も出ない中、1人の漢が「じゃあ」って、うれしそうに出てきた。
そのイベントは音楽もあまりよろしくなく
踊れもしないし、なんだかなぁというイベントだったが
己はそいつが面白そうな奴だと思い、声をかけた。
クラブで女の子じゃなく漢に声掛ける己もなんだかなぁって感じなのだが
その漢こそが高須君だった。
高須君は、浪人生で受験中だという。
受験中でクラブきちゃったらなんだかなぁと思っていたが
その後、大学は受けないことにしました。というメールが来た。
それが冬で時は流れ04年の9月にポッと彼からメールが来た。
「お元気ですか?お会いしたいです。」
悪いがその頃、己は元気じゃなかった。
人に会いたい気分ではなかった。
予定が合わないみたいなことを言ってると
10月にまたメールが来た。
いや、会えないと言ってると
11月、12月…
半月に一通くらいのペースでメールが来る。
声を掛けたのは己の方からだったが
たかだかクラブイベントで一回ちらっと話をしただけだ。
それで4ヶ月断られてもまだあきらめない。
己ならせいぜい3ヶ月であきらめる。
こいつは面白い。
1月に少し余裕ができて、いや全然無いんだけど、敢えて余裕として
会おうということになり、日取りが決まったが
少しして彼の都合が悪くなった。
2月に延期。
今度は己がドタキャン
3月に己が2回ドタキャン。
そして
今日、やっと会えた。
ふたりとも実は相手がどんな顔だったかよく思い出せないくらいに
なっていたが
まるでめげないような笑顔の奴だった。
なんでそこまでして己に会いたかったのかと聞いてみたら
「ホームページをみて、この人は絶対面白いと思ったから」だそうだ。
酒を喰らって笑いあった。
銭湯にも征った。
初のサシ呑みで銭湯に征くのは初めてだ。
己もなにか応えたかったのだ。
月曜なので銭湯は休みだった。
投稿者 多苗尚志 : 18:08
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[ 高須多明伝
・永福庵来庵帳
]