ThinkPad礼賛
己の愛機はThinkPadX22だ。
「夢の翼」なんてキャッチもあったが、中国に売り飛ばされるらしいな。なんとなくけしからん。
ThinkPad派。
なにがいいか。
バッテリーの持ちや軽さは他ブランドに譲るが
一貫した黒単色のデザイン。
結構、嫌われる独自のトラックポイント(通称ちくび)。
これは慣れるとこっちの方がイイ。
そしてキータッチだな。
己はノートパソコンでThinkPadを超えるキータッチに出会ったことがない。
この確かな指応え。
ハードタイパー(キーボードを叩くのが激しい人たち)に
ThinkPad愛好者が多いのもうなずける。
己から言わせれば他のノートパソコンのキーボードなんて紙ぺらみたいなもんだぜ。
そしてもうひとつ特筆すべきは、頑丈さ、堅牢さ。
ThinkPadには開発段階に名物の拷問検査というのがある。
重しをのせてみたらどうかな?
今度は角から落としてみよう。
いやいや、氷点下ではどうかな?
などやり過ぎだろ、というまでの過酷なテストをクリアさせる。
これが非常に己向きだ。
現在つきあって3年目になる我がThinkPadちゃんだが、
この拷問検査のお陰で生きながらえている部分が大きい。
最近、ITとは離れた用件で忙しく、あまりモバイルしてなかったが
久しぶりに持ち出そうかなという気になった。
友人との呑みが8時から六本木だったのだが、
その日は仕事が5時くらいで終わりそうだった。
3時間空くならここ最近、溜まっていたメールなどを一気に片づけようかなと思って
久々にバッグにパソコンを入れた。
しかし、バッグはいつものパソコン用のバッグではなく、
むしろ無駄にダブダブでそのゆとりが危険だった。
「大丈夫かな」と不安。
結局あまりパソコンを使うような事はなくて、
たまたま持ってきていたことがアダとなったりしないだろうか。
そんな不安は大抵正しい。
その日、仕事は残業となり、8時どころか9時頃にようやく六本木着という状況だった。
酒を呑む前はちゃんとパソコンを気遣っていた。
今、こいつに壊れられるとちょっとキツい。
パソコンが壊れるって、現代においては財布を亡くすよりメンタルな状況ではないだろうか。
酒をグワグワ呑んだ。
右耳から呑む状況もあった。
酔っ払って終電を亡くし、分かってて亡くし、中黒の哲也邸に泊まることになった。
彼の部屋はジプシー以来だ。
彼が玄関の複雑なキーロックを開けて
前回はいなかった人なつこいワンちゃんにあいさつをして部屋に入った。
軽く日本の将来を語りながら哲也が先に寝て(意味のない力説)己も寝た。
己は6時半起きの必要があり、それはちゃんと起きた。(第一関門突破)
哲也を起こさないようにバッグを肩にひっかけて
外に出て玄関に行くとワンちゃんが嬉しそうにワンワン吠えて飛びついてくる。
え!?なんか歓待されてるけど、あんま吠えないでッ。
家の人を起こしてはならんと気を遣い、
ワンちゃんの頭をシャシャシャとなでると門へ向かった。(第二関門突破)
門は内からもダイヤルロックだった。
ダイヤルなんて知る由もなく途方に暮れた。
ガチャガチャやっても出れず
テキトーにダイヤルしても出れず
内から出ることに苦労する矛盾に(ンー何なんだ!囚われの姫か)悩みつつ
普通にまたぎ越えることにした。
門をまたぎ、アスファルトへ飛び降りると
まずバッグが着地してから、己が着地した。
あ。
今のダメだよね?ねぇ今のダメだよね!
Ctrl+Zで門の上からもう一度やり直したい。
バッグが何の変わり身になってくれたのか全然分からない。
軽い目眩をおぼえつつも、仕事場へ行くのだった。
3日後くらいに
伊藤啓二にその話をすると
「実際壊れたの?」と尋かれた。
実際あれから3日間確かめていない。
なぜって?
だって怖いからさ。
己はあれから3日間、ThinkPadを開いていない。
おやすみの前に「ねぇThinkPad」と呼びかけることもしなかった。
なぜって?
怖いからさ。
バッグの落ち方も色々ある。
セーターなんかも一緒に入れてたから、
もしかしたらクッションになっていたかもしれない。
でも、あの日、バッグの上から、
アスファルトに先に着地した部分を手探りしてみて分かっていた。
ThinkPadちゃんが、ThinkPadちゃんこそが、先に着地していたことを。
分かってるんだ。
知ってるんだ。
「みてみようよ」と啓二が云う。
「みるか?」己は若干の抵抗を示しつつ開いてみることにした。
ThinkPadの惨状やいかに。
まず、すぐ分かるのが、右端のカバーが見事に壊れていた。
ロボの部分がみえてる。
アスファルトさすがの衝撃であったことが伺い知れる。
バンパーに傷がついたくらいで文句いってんじゃねー!
こちとら傷とかへこんだとかいうレベルじゃねぇぞ。
「くっそ、もうちょっともちこたえてくれよThinkPadプラスチック」
「いや、これは充分もちこたえたんだよ。ここの角っちょを守ってさよならって死んでいったんだよ。
むしろ感謝なの。」
なるほど。
啓二め、うまいことを云いよる。
内側からみるとアダプタの差し込み部の黄色がみえちゃいけないところから見えてる。
これは気鋭だ。
では、いよいよ電源をいれてみよう。
「啓二はみないで。まず己だけみるから。」
あ!
配線神経がイカれたのか電源ランプがまるでつかない。
これはなんかもう滑稽だ。
イヒヒ、ランプつかねぇでやんの。
作動中だろうが充電中だろうが電池切れ間近だろうが、もうここのランプはなにも教えてくれない。
でも、ふと考えてみれば、
いらねぇよ!そんなアラート。
むしろ武骨さが増したくらいで丁度いい。
男は黙ってサッポロ黒ラベルだ。
モルツ死すべし!(黙ってない)
画面をみるとThinkPadの立ち上がり画面が!
やった!
ありがとう。うれしい!
最低、液晶にはなんの損傷もないことが救いだ。
これはいいことだ。
とりあえず立ち上がりさえすれば、
あとはセーフモード※1でもなんでも己が直してやる。
直してやるぞThinkPad
Operating System not found
「うわっ!」
ノートをパタンと閉じてうつむいて静止する。
「どうした!?立ち上がらなかった?」
啓二もいいリアクションをしてくれる。
だが、己はうつむき通し。
ぎゃあああああああああああああ
OS※2がみつからないってよ!
うちはWindowsさんイレてますハイってます!
ダメだよ。みつからないってよ。
セーフモード以前の話だってばよ!
「いや…電源は入る。BIOS※3も立ち上がるんだが…
OSが立ち上がらない。」
「やっちゃった。」
若干うれしそうな啓二。
「かーッ」
顔に手をあてて静止する。
気まぐれで街に持ち出したら、
結局一回も使わなかったのにダメージだけ与えてしまった。
どっかでそんな気がしてた。
いつも 僕らだけ いつも 損してる そんな気がしていたの (サンボマスター/そのぬくもりに用がある JASRAC)
持ち出した己が馬鹿だったのか。
久しぶりにモバイルしたかったじゃないか。
精密機械に対してもっと丁寧な接し方をすればよかったか。
いや、だがそれはできない。己はそうは設計されていない。
色々な想いが交錯する。
「おーい、今壊れられると、まずいぞぉ…
あ゛!
(一気にあのメールも返信しなければならない、あのデータも送らなければならないなどのタスクがよみがえってきた。)
うぉぉぉぉ、やっべぇなー。色々あるよ。色々あった。
まずい。まずいなぁ。
なんか分かってたんだよ。アスファルトに着地した時から。
やばいなぁと思ってたんだよ。
パソコンが先に着地するっておかしいだろ。」
「笑。あ、そう…」
ちょっと気の毒な顔をしてくれる啓二。
こういう友だちが好きだ。
たたみかけるように人の不運を笑う人間も多いが、己は少なからずその瞬間そいつを敵と思うだろう。
「BIOSは立ち上がるんだよなぁ。」
「じゃ、HD※4の問題じゃない?」
「あ、そっか。」
考えてみれば電源も入らないような「損傷レベル8」は免れているわけだ。
衝撃でHDのデータが吹っ飛んで、一気にまっさらになってしまったか。
いや、そんなことあり得るだろうか。
己はふとThinkPadのサイドに目をやった。
「あれぇ!?」
ハードディスクちゃんが出てる!
ハードディスクちゃんが頭ひとつ出てる!
ハードディスクちゃんがクラウチングスタートしてる!
そりゃOperating System not foundだろうよ。
カチッとはめてもう一回電源をいれると…
わーい。
ThinkPad拷問検査万歳!
だからThinkPadってだーい好き!
相手が精密機械だから丁寧に接しろ?
己が粗暴な扱いをするからてめぇが強くなれ!
了)
04.12.18
多苗的注釈。(ツッコミ不受)
※1:セーフモード…起動モードの一つで、トラブル修復用のモード。必要最小限の設定やドライバだけで起動する。
立ち上がりさえ不安定な時に役立つ。
※2:OS…Operating System パソコンの基本となるプログラム。大抵はwindowsかマッキントッシュ。
※3:BIOS…コンピュータに接続されたディスクドライブ、キーボード、ビデオカードなどの周辺機器を制御するプログラム群。
パソコンを立ち上げた時にまず立ち上がるプログラム。各メーカーのロゴが浮かぶ時に立ち上がってる。
※4:HD…ハードディスク。パソコンのデータを記録しておくところ。OSを始めとし、各ソフトもここに記録されるし、自分で作った各データ・ファイルもここに記録される。