「働く」ということについて、考察を深めたい。
 
 
これから、多苗尚志バイト編が始まるってのに、
先回りしていきなり結論を言ってしまうと、
 
 
己は、週イチ働くのでも苦痛。
 
 
デリバリーの仕事はどちらかというと、好きな仕事に分類されるがそれでも、毎週木曜にバイト(自分でそういうシフトに決めた)があると思うと、軽く憂鬱である。
 
 
曜日を変えればいいじゃん。
その通りだが、それをやると、性格上、直前まで「今週は何曜日がいっかなー」で迷い、さすがに前日ではシフト入れられないこともあり、結局、働かなかった週とかが生まれる。
 
 
いいじゃん。次の週に2日働けば。
 
 
やだ。そういう負債を返す感覚が嫌。
 
 
だから、木曜がいい。
 
 
なぜ、木曜かというのも後ろ向きな理由だ。
 
 
金土日は、忙しいだろうから嫌なのだ。忙しくても時給が上がるわけではない。
 
 
月曜日は断食の日だから、食わずに働きたくない。
 
 
火水木で考えた時に、なんかしら人との用事が入りにくいのが木曜である。
 
 
仕事の優先度が低いwww
 
 
己は、10年会社勤めをした。
 
 
めっちゃ頑張ったねと自分を今日も褒めている。
 
 
わかってる。
「普通」の感覚からしたら、10年なんか、まだ始まってもいねぇよ、と。
 
 
いいんだよ。
じゃあ、己は普通じゃねぇんだわ。
 
 
己は大卒以来、バイトを抜けば6つの会社に属した。
 
 
前職(10年)が6つ目で、その前は数ヶ月から2年以下の勤続期間を繰り返している。
 
 
キャリア的に単なる「使えない人」だ。
 
 
前職に就職する時、自分が最大の目標としたことは
「3年働く」である。
 
 
2年以下で転職を繰り返していたことは自分自身コンプレックスだった。
 
 
石の上にも3年というが、己は3年すら耐えられないヤツだ、と。
 
 
30代も半ばを過ぎて、よぉやく、それこそ普通のみなさんが学校卒業後、3年。
するりと3年でなんにも考えずに達成するようなことを
己はよぉやく、達成した。
 
 
当時は達成したことも自分で気づかない。
それくらい、なんてことないことなのだから。
 
 
なにを言おうとしたんだっけ。
 
 
ああ、そう。
それくらい、己にとって「働くこと」は、めんどくさいことなのだ。
 
 
じゃあ、ニートが1番求める生き方なのか。
 
 
それも違うわけだ。
 
 
実際、ニート期間もある己だ。
体験した上で否定できる。
 
 
ニートしてると、それはそれで満たされないものがある。
その時は楽しいけど、このままでいいのかと思うと不安が・・・
ってことではない。
その時も、本質的には楽しくないのだ。
 
 
ここが厄介だ。
 
 
可能ならニートが最高!!
という人もいるだろう。
 
 
でも、己はそうじゃない。
プロジェクトを達成する喜びも知っている。
 
 
でも、その喜びのために
超えるべき「ちゃんとやること」ってのも嫌いなんだよなぁ。
 
 
「でもでも言ってんじゃねぇよ、お前何歳だよ。甘えてんじゃねぇよ。」
 
 
そう思った方は要注意だ。
ここに引っかかるということは、
己と同じ問題を内在していると言える。
(138、139で述べた通り)
(私はちゃんとやってるよ、てか世間みんな我慢してやってんだよ、多苗は好き勝手言い過ぎ、と思うならその「我慢」が不自然なのだ)
 
 
(己の言ってることはマイノリティの声だと思う。
 読者諸卿みなさん、すばらしいですよ。
 ちゃんとお仕事されてるじゃないですか。
 でも、個人の追求はある1つの真理に近づくから、言い切らせてもらいますよ。)
 

めんどくせぇ奴だな。
 
 
うん。めんどくさいことは否定しない。
 
 
いいじゃない。
めんどくさいってことは、こだわりがハッキリしてんでしょ。
そこの追求を楽しんでいきましょう。
 
 
「ちゃんとやること」ってなにか。
スーツを着なければならない。
遅刻してはならない。
会議で寝てはならない。
何曜日何時から何時までは仕事。
 
 
そういうのが嫌いなのよ、己わ。
 
 
バイトが苦痛になってきたのも、
木曜に行かなければならない
ってなってきたからだと思う。
 
 
ねばならない、が嫌いなんだッッ。
 
 
一方で、己は前職で少なくとも始め3年間は思いっきり働いたかんね。
3年間、茨城の僻地で、365日休みゼロ3年、3年間おはようからおやすみまでが仕事。土日祝日当たり前に仕事。誰も教えてくれる人がいなくて全部ゼロから自分で立ち上げて研修センターを作る(不動産等ハードは既にありました)。7時半朝礼。21時半生徒の自習終了(時に23時)。そこから答案丸つけ、教材作りで24時前に寝ることはない。月に一度は必ず徹夜で卒業後の生徒に向けて締切のある通信教材作り。3年で訪ねてくる友人は10人以下。その彼らと遊んだ以外にテレビ音楽映画読書娯楽一切なし。その彼らと外食する以外はぜんぶ、内食。毎日生徒が作った食事。毎日、卵焼きと悪いけど貧相なキャベツスープが必ず出てくる。酒も1ヶ月に1回のパーティー以外は呑まない。一切応援もなく1人で全て対応。市役所登録、ゆうちょ開設、人数が少ない入国なら、朝5時起きで成田まで迎えにいって、9時半に戻ってきてその日は遅めの朝礼。月の入国は不定。多い時は月に5回入国。入国の度に教えたルールがゼロ化する。3時間に及ぶ同じルール説明を毎度。3年で生徒がゼロになった期間は2週間以下。給料額はブラックよ。外国人生徒は平均30名。暴動が起きれば1人で勝てるかな。かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ
 
 
うん。自慢気に書いた。
※1 
 
まぁ、読者諸卿の方が超人なので、これ以上の方もいるんでしょうけど、
 
 
言いたいことは、楽しく仕事してたなあってこと。
 
自発的な仕事なら、いくらでもできるんです。
 
 
でも、社員としてはポンコツ。
 
 
(東京本社に)遅刻、居眠り、営業条件(人財の価格など)は十年間ついに覚えられない、経費精算毎度締め切り破り。
 
 
ねばならないことはできませんの、アタクシ。
 
 
なにが言いたいんだっけ今回。
 
 
そう、時代が変わってさ、
自分の好きなように仕事できるようになったよねってこと。
 
 
週イチ働きたくないでいいじゃないの。
 
 
あと、この国はさ、
「やりたいこと教」に犯されてるよ。
 
 
やりたくないことで金を稼ぎたいとは思わない。
 
 
一方で、やりたいことを見つければいいって、それ宗教であり、暴力だよ。
 
 
やりたいことを仕事にしたら幸福であるっていうけどさ、
もっとさ、外国みたいに仕事よりも生活こそが幸福ってなっていいじゃない。
 
 
己の周りはさ、自分のやりたいことを先鋭化して仕事にして
研ぎ澄まされていくまぶしい奴らばっかりなんだよ。
 
 
ニートがなぜ、ゲームに走るのか。
子供がなぜ、ゲームに走るのか。
 
 
やりたいことがわかんないからだよ。
それで少努力即成功が結晶化したゲームに走るのさ。
 
 
マスコミ、エンタメもほとんどが「やりたいことを見つけて才能を燃焼させる」者を至上に立てている。
 
 
そこと比べると苦しいよ。
 
 
比較が不幸を生むとはわかっても。
 
 
やり続けた先に、やりたいことが見える?
義務を乗り越えた先に、やりたいことが見える?
自分を分析しきった極みに、やりたいことが見える?
 
 
そうなのかねえ。
 
 
己は口ばかりで動いてないとも言える。
結局、勇気が、覚悟が足りないとも言える。
 
 
やりたいこと?
 
 
ねぇよ。
 
 
なくて笑っててもいいじゃない。
 
 
仕事を大げさに考えすぎってこともあるかもしれないな。
 
 
スズキヒデキが言ってた。
「(多苗は)バンジージャンプを家の階段降りるみたいにできるのに、
 なんで仕事はできないんスか。
 仕事なんかなにやったって死なないんだから。」
 
 
シミズノリアキも
「仕事って、ただやることだけが求められてんだよ。それ以外なんにもいらない。」
 
 
 
今回は2時に目が覚めていつも以上に支離滅裂に語ってみました。

※1
前職は一度、企業体を変えているし、
己が入社したのはまだまだベンチャーの立ち上げ時期だった。
会社としてもちゃんとした報酬は払えないという中、己がやりたい!と言ってやらせてもらった仕事だった。
現在では、100名を超える社員を抱え、きちんと法的になんの問題もないクリーンな企業となっている。己の言いたかったことはどんな条件でも自分がやりたいと思った仕事は楽しいということだ。